ABOUT BRIATIN

2011/04/30

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、 通称イギリスは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから構成される立憲君主制国家であり、 英連邦王国の一国です。ヨーロッパ北西部の島国ですが、北アイルランドでアイルランドと国境を接しています。 国家体制は国王を国家元首とし、議院内閣制に基づく立憲君主制。国際連合安全保障理事会常任理事国の一つです。公用語は英語。

HISTORY of BRIATIN

2011/04/29

PhotoBy:Fields of View.

1066年にウィリアム征服王 がイングランドを制圧し、大陸の進んだ封建制を導入して、王国の体制を整えました。 人口、経済力に勝るイングランドがウェールズ、スコットランドを圧倒していきました。 1282年にウェールズ地方にもイングランドの州制度がしかれ、1536年には正式に併合。 1603年にイングランドとスコットランドが同君連合を形成、1707年、スコットランド合併法により、 イングランドとスコットランドは合併しグレートブリテン王国となりました。 1801年には、アイルランド合併法によりグレートブリテン王国はアイルランド王国と連合し、 グレート・ブリテンおよびアイルランド連合王国となりました。ウィンザー朝のジョージ5世の1922年に北部6州を除く26州が、 アイルランド自由国として独立、1927年に現在の名称へと改名しました。

1897年の帝国植民地・自治領。このほかにもブラジルなどに非公式帝国があり、1920年には史上最大の帝国となりました。 イギリスは世界に先駆けて産業革命を達成し、19世紀始めのナポレオン戦争後は七つの海の覇権を握って世界中を侵略し、 カナダからオーストラリア、インドや香港に広がる広大な植民地を経営し、奴隷貿易が代表するような搾取を繰り広げ イギリス帝国を建設しました。しかし、二度の大戦を経てその後はアメリカが強大国として台頭します。 第二次世界大戦直後、労働党のクレメント・アトリー政権が「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにいち早く福祉国家を作り上げましたが、 階級社会の伝統が根強いこともあって経済の停滞を招き、1960年代以降は「イギリス病」とまで呼ばれる不景気に苦しみました。 地方経済は不振を極めましたが、ロンドンを中心に金融産業などが成長しました。1990年代、政権は保守党から労働党の トニー・ブレアに交代し、イギリスは市場化一辺倒の政策を修正した第三の道への路線に進むことになりました。 このころからイギリスは久しぶりの好況に沸き、「老大国」のイメージを払拭すべくクール・ブリタニアと言われるイメージ戦略、 文化政策に力が入れられるようになりました。

POLITICS of BRIATIN

2011/04/28

政体は立憲君主制をとっています。一つに成典化された憲法典はなく、制定法や判例法、歴史的文書及び慣習法が イギリスの憲法を構成しています。憲法を構成する法律が他の法律と同様に議会で修正可能なため軟性憲法と呼ばれます。 国家元首はイギリス国王ですが、憲法を構成する慣習法の一つに「国王は君臨すれども統治せず」とあり、 その存在は極めて儀礼的です。このように歴史的にも人の支配を排した法の支配が発達しており、伝統の中に築かれた民主主義が 見て取れます。また、立法権優位の議会主義が発達しています。議院内閣制や政党制など、現在多くの国家が採用している 民主的諸制度が発祥した国として有名です。立法権は議会に、行政権は首相及び内閣に、司法権はイギリス最高裁判所及び 下級裁判所によって行使されます。イギリスの議会は、上院と下院の二院制です。1911年に制定された議会法により、 「下院の優越」が定められています。議院内閣制に基づき、行政の長である首相は憲法的習律に従って下院第一党党首を国王が任命、 閣僚は議会上下両院の議員から選出されます。下院は単純小選挙区制による直接選挙で選ばれますが、上院は非公選であり任命制です。 1996年に北アイルランドに、1999年にはスコットランドとウェールズに議会が設置され、自治が始まりました。

GEOGRAPHY of BRIATIN

2011/04/27

PhotoBy:SergioD90

イギリスはグレートブリテン島のイングランド、ウェールズ、スコットランド、およびアイルランド島北東部の北アイルランドで 構成されています。この2つの大きな島と、その周囲大小の島々をブリテン諸島と呼びます。グレートブリテン島は中部から 南部を占めるイングランド、北部のスコットランド、西部のウェールズに大別されます。アイルランド島から北アイルランドを 除いた地域はアイルランド共和国があります。 現在イギリスは大小あわせて1098ほどの島々からなります。ほとんどは自然の島だが、いくつかはクランノグといわれる、 過去の時代に石と木を骨組みに作られ、しだいに廃棄物で大きくなっていった人工の島があります。

イギリスの大半はなだらかな丘陵地及び平原で占められており、国土のおよそ90%が可住地となっています。 そのため、国土面積自体は日本のおよそ3分の2ですが、可住地面積は逆に日本の倍近くに及んでいます。 イングランドの大部分は岩の多い低地からなり、西から東へと順に並べると、北西の山がちな地域、北部から南イングランドの 泥炭質のノース・ダウンズ、サウス・ダウンズ、チルターンにいたります。イングランドを流れる主な河川は、 テムズ川、セヴァーン川、トレント川、ウーズ川です。主な都市はロンドン、バーミンガム、ヨーク、ニューカッスル・アポン・タインなど。 イングランド南部のドーヴァーには、英仏海峡トンネルがあり、対岸のフランスと連絡します。

スコットランドは地理的に多様で、南部および東部は比較的標高が低く、ベン・ネヴィスを含む北部および西部は標高が高くなっています。 ベン・ネヴィスはイギリスの最高地点で標高1343 m。スコットランドには数多くの半島、湾、ロッホと呼ばれる湖があり、 グレート・ブリテン島最大の淡水湖であるネス湖もスコットランドに位置します。スコットランドの西部また北部の海域には、 ヘブリディーズ諸島、オークニー諸島、シェットランド諸島を含む大小さまざまな島が位置します。 北アイルランドは、アイルランド島の北東部を占め、ほとんどは丘陵地である。中央部は平野で、ほぼ中央に位置する ネイ湖はイギリス諸島最大の湖です。主要都市はベルファストとデリー。

CLIMATE of BRIATIN

2011/04/26

イギリスの気候は2つの要因によって基調が定まっていて、メキシコ湾流に由来する暖流の北大西洋海流の影響下にあるため、 北緯50度から60度という高緯度にもかかわらず温暖であること、次に中緯度の偏西風の影響を強く受けること。 西岸海洋性気候が卓越します。大陸性気候はまったく見られず、気温の年較差は小さいようです。 メキシコ湾流の影響は冬季に強く現れます。特に西部において気温の低下が抑制され、気温が西岸からの距離に依存するようになります。 夏季においては緯度と気温の関連が強くなり、比較的東部が高温になります。水の蒸散量が多い夏季に東部が高温になることから、 年間を通じて東部が比較的乾燥し、西部が湿潤となります。 降水量の傾向もメキシコ湾流の影響を受けています。東部においては、降水量は一年を通じて平均しており、かつ、 一日当たりの降水量が少ない。冬季、特に風速が観測できない日には霧が発生しやすいようです。 この傾向が強く当てはまる都市としてロンドンが挙げられる。西部においては降水量が2500mmを超えることがあります。 首都ロンドンの年平均気温は10.0度、年平均降水量は750.6mm。1月の平均気温は4.4度、7月の平均気温は17.1度。